先天性デリカシー欠損症

愛だけを叫べよ!

V6のシンプルさについての考察

こんにちは。

#自担と出会って変わった10のこと の考察②以降はそのうち書きますので石は投げないでください。

 

今年1年、V6から食指の及ぶところを広げて、KAT-TUN、Jr.、ひいてはSexy Zoneまでそこそこ手広くいろんなグループのパフォーマンスを拝見したわけですが、唐突に年の瀬になってV6っていいなあ!!!と気づかされたので、原点に立ち返る意味も込めて、その感動を殴り書いておきます。

 

まず、このような考察に至る背景としては、軽率に注文したWelcome to Sexy Zone TourのBlu-rayが今日届いたことがあります。

 

で、見た。

セクゾちゃんはびっくりするくらい若くてキラキラしてた。

大勢のJr.をバックダンサーに従えて、きらびやかな衣装を着て、舞台転換も華やかで、とにかくキラキラして素敵なコンサートで、まだまだ荒削りなところもあるけど、今後が楽しみだなあと思えるコンサートでした。

でもウェルセクを見たセクゾ担のうち、「セクゾの今後が楽しみだ」という感想を抱いたのは、勝手だけどかなり少数派なんじゃないかなと勝手に思っています。(別に統計を取ったとかではないです)*1

 

多くのセクゾ担は、ウェルセクに映る今のセクゾの良さをありのまま享受して、それを楽しんでいるのではないのか?今のセクゾを通じて未来に思いを馳せるというある意味まどろっこしい作業はしていないのではないか?

それでは、何故私がこのような感想を抱いたのでしょうか。

それは単に私がジャニオタババアだから、というだけではなく、私自身がV6の現場で年月をかけてジャニオタとしての価値観を育ててきたからということが第一にあるように思います。

つまりV6のコンサート、ひいてはV6のジャニーズとしての在り方は、私にとっても "コンサートはこうあってほしい" という潜在的ロールモデルになっているのではないかと。

 

今回ウェルセクは、私が初めて視聴したSexy Zoneのコンサートの映像となりましたが、はっきりと「10年後が楽しみなグループだ」と感じました。

 

 

つまり自分がジャニーズを嗜むにおいて、「若さ」(あまり年は変わらないとは思いたいのですが)というものは実はあまり重視すべきポイントではなく、パフォーマンスが私の中で大きなウェイトを占める要素ということになります。

もともと「はあ〜〜〜風磨くんは年が近くて非常にリア恋みが強い ぺろぺろ」というあまりにも軽率すぎる感想が風磨担の入り口だった訳ですから、この気づきは私の中では自分自身意外でした。

むしろ、彼らが今の持っているキラキラとした「若さ」だけでは押し切ることのできない年齢に差し掛かったとき、どのように自らの「若さ」を違う武器に持ち替えていくかという過程、そしてその期間を悩み模索しながら乗り越えたグループの形を見ることが非常に楽しみであることに気づきまた。

もちろん少年から青年に変わりゆく過渡期にある "今" のセクゾが歌う「Sexy Zone」は、5年前、彼らがバラを片手に携えてパフォーマンスしたそれとは、本人たちにとっても、ファンにとってもおそらく異なるものなのではないかと推察します。

2011年の「Sexy Zone」は2016年の「Sexy Zone」とは全く異質なものであることは、「幼さ」はいつか失われる儚いものであるということを示唆します。

もちろん、今のセクゾの持つ「若さ」も恒久的なものではありません。

例えば、10年後、29歳の聡ちゃんと26歳のマリウスが「大人の決めたやり方それが正解なの?」という言葉は今の彼らほどの説得力を持たなくなるでしょう。

しかし、デビュー曲というものは何年時を経ても因果のようにグループについて回ります。

セクゾの場合、グループ名を曲のタイトルに冠しているわけですから、おそらく今後も名刺のようについて回る曲となるでしょう。

彼らがどのように自分たちの「若さ」に折り合いをつけていき、10年後にSexy Zoneをどのように歌うのかが非常に楽しみです。

 

さて、V6はもともと全く年齢もバックグラウンドも歴もバラバラなメンバーを寄せ集めて、1995年バレーボールW杯のサポーターとしてデビューしたグループです。

今のJr.で例えるならば、深澤辰哉さん(Snow Man)、岩本照さん(Snow Man)、森本慎太郎さん(SixTONES)に、永瀬廉さん(Mr. KING)、高橋海人さん(Mr.KING)に那須雄登さん(東京B少年)を同じグループとしてデビューさせた感じでしょうか。(若干剛健の年齢構成は違いますが…)

これだけ見ても結成当初どれだけブッ飛んだグループだったかはお分かりかと思います。

そんな彼らが20年の時と紆余曲折を*2経ても、なお未だにアイドルとして歌い踊り続け、その一方で一人一人が自分の持てる能力や才能を武器に新しい仕事を開拓し続けている。

その足跡は私の中で一つの「ジャニーズはこうあるべき」という潜在的ロールモデルとなっています。

 

V6のコンサートは非常にシンプルなコンサートです。

ジャニーズのコンサートの定番とも言えるジャニーズJr.をバックダンサーにつけず*3、衣装も華美ではなく、ド派手な演出があるわけでもなく*4、ただステージと、照明と、音響と、6人と、ファンがいるという、ある意味無駄なものを全てそぎ落としたとも言えるもので、「ジャニーズのコンサート」と言われて想像するものに比すると地味とも言えるほどです。

その代わり、6人は3時間にわたり何十曲もの曲を踊り、花道を駆け回り、アリトロやスタトロで通路を縦横無尽にめぐり、歌います。

特に20周年のアニバーサリーコンサート、V6 LIVE TOUR 2015 1995-FOREVERは極限まで自分たちの体一つでぶつかってきたスタイルの集大成であり、非常に映像作品としての完成度も高いコンサートです。*5

小道具といえる小道具はAirで会場に投げた小ぶりなバラの花束と、涙のアトが消える頃〜GUILTYで用いた椅子6個のみ。

とにかくシンプル、己のパフォーマンスのみでぶつかっていくスタイルで、3時間半ものコンサートを駆け抜けます。

 

特筆すべきはMC前のSP "Break The Wall"でしょう。

SP "Break The Wall"はSexy.Honey.Bunny.コン(通称セクバニコン)で初めて披露されたナンバーで、岡田さん主演のSPのあの有名なサウンドトラックとV6がコラボした作品です。

次々とソロパートを変えながら、絶えず踊りながら、レーザーの海の中を駆け抜けるテンポの速い5分16秒のダンスナンバー。

V6のコンサートでは1番 +(Cメロ)+ラスサビというダイジェスト構成で次々に曲が転換していくのがスタンダードですが*6、この曲はフルバージョンで披露されました。

しかもMC前、それまでにすでにコンサート前半に何曲も踊ってきた後に5分16秒踊りっぱなしのナンバーを持ってくる強気です。

そして踊り終わった後、MCに転換しながら照れ笑いしながら井ノ原さんが言うのです。

 

「また手からビーム出しちゃったよ・・・どうもすいません」

 

と。

 

彼らの謙虚さ、ストイックさ、飾らなさを長年見ている分、今の若いグループの子たちを見るたび、「将来はV6のようなグループになってほしい」と願わずにはいられません。

KAT-TUNも今年初めて10ksでJr.をバックにつけないコンサートを敢行しました。

東京ドームの5万5000人の観客相手にたったの3人でコンサートをやりきるのは、決して、決して簡単なことではないでしょう。

それでも彼らはJr.抜きで、自分たちだけで10周年コンサートをしようと選択したのです。

そのような選択を10周年さらには充電期間の前に行ったことは、彼らの強い覚悟を感じられますし、充電期間が明けてもますます成長して大きくなるだろうな、という大きな期待を私に抱かせました。

もちろんJr.でも推している子は大勢いますし、先輩のバックについてたくさん勉強してほしいと思っているので、決してJr.をつけることが悪いことだとは思ってはいません。

華やかな衣装は彼らの美しさを引き立たせ、派手な演出は私たち観客の心を揺さぶります。

でも決して、バックダンサーや、華美な衣装や、ド派手な演出で、自分たちを "ごまかす" アイドルにはなっては欲しくないのです。

「ジャニーズ」である以上は華やかなコンサートに憧れるのはごく当然の心理かとは思いますが、その「華やかさ」は時には彼ら自身の良さを隠し、今後のアイドルとしての技量の成長を妨げる要因にもなりかねません。

余分なものをそぎ落としたシンプルさを実際にステージの上で見せるには、本人たちの高い技量が要求されます。

そのようなパフォーマンスもできる、真の実力のある、そんなアイドルになってほしいと、KAT-TUN, Sexy Zone, Jr.たちをみると願ってやみません。

 

そして、V6がますます今後も自分たちの実力を伸ばし、時には自らの「老い」と折り合いをつけながら、大きなグループになっていくことを願っています。

 

*1:同様に10ksに1公演参戦して、10ksのDVDを見たときにも同様に「これからが楽しみだなあ」という感想を抱きました。これに関しては多くのKAT-TUN担が同じような感想を抱いたかとは思いますが。

*2:毎年の恒例行事である解散疑惑や岡田の「反抗期」など

*3:私の調べでは2001年の夏コンから6人だけでやるようになったそうです

*4:炎やレーザーくらいは出ますが、他のグループほど派手ではありません

*5:コンサートはもちろん作品ではなく、その場にいるファンとアーティストとの時間と空間の共有ですが、コンサートを映像化する以上は作品としての完成度の高さも要求されるのは致し方ないことかと思います。

*6:TV朝日Dream Festivaでもこの構成は健在で、40分間の持ち時間で14曲を披露しました。

#自担と出会って変わった10のこと について考察してみた①

こんにちは。

年の終わりが迫ってきていますね。

昨年は12月31日に掃除を始めたところ、机の周りだけで1日が潰れ、結果紅白始まるしもういいや(笑)と途中で放棄してしまい、結局年始も部屋が死ぬほど汚かったので、今年は29日から3日がかりで始めることにしました。

さらに今年は、「明日中島健人が部屋に遊びに来るから片付けないと;」という設定で部屋を掃除しています。

この設定の利点は、

中島健人が明日部屋に来るから早急かつ丁寧に掃除をしなければいけないという掃除に対する意識が高まる

②掃除に疲れたら中島健人の写真なり動画を見て、明日中島健人が来るんだからちゃんと掃除しないと!!と気をとりなおせる

③掃除が終わった時に「中島健人が来てもワンチャンなんとかなるレベルかな……まあ中島健人実際に来ないし充分合格点」と自分の掃除に対するハードルをほんの少し下げることで満足感がある

という以上3つの点にあります。是非ジャニオタの皆さんにご活用いただければと思います。

 

さて、本題から大きく外れてしまいました。

先日TLで#自担と出会って変わった10のこと というタグを見かけたので、軽率なジャニオタはやってみたいなあ!!とは思ってみたものの、私は今自担を4人も抱える軽率な掛け持ちであり、つまり一人一人について考察した場合、40個自分が変わった点を見つけ出さないといけないわけです。

ここまで来ると自己啓発か何かのセミナーかと錯覚してしまうのですが、せっかくの機会なので自分のジャニオタ遍歴を軽く振り返りつつ、考えてみたいと思います。

 

1) V6 岡田准一さん(2010〜)

①ジャニオタになる

それまでの私は少年ジャンプを沼の端緒とするいわゆる声優オタクをしていました。声優オタクとは言っても推しの声優が出演する作品をかたっぱしから原作→アニメコンプリートしたりゲームをプレイする程度のライトな二次元オタクで、

V6は学校へ行こう!昔見てたけど森田剛しか知らないし、6人全員の名前は多分言えないわ(笑)でも修学旅行トレスは知ってるよ!くらいのジャニーズには縁もゆかりもない人間でした。

そんな私が高校生のときに学校へ行こう!と再会し、SPと出会い、二次元オタクからジャニーズオタクへと進化を遂げます。

きっかけは友人が「これ今見てもめっちゃ笑えるからwww」とB-rap ハイスクールを私に勧めてくれたことで学校へ行こう!と再会しました。当時はただ純粋に某tubeでB-rapの過去の動画を見る程度でした。

その後、別の友人にSP野望篇の映画に強制連行されることとなり、予習のためにSPを一気に見たのが岡田准一との出会いでした。

「この人V6の一番若い人?!めっちゃかっこいいじゃん?!!」となったこと、主題歌のway of lifeめっちゃカッケェ!!!となったことから、ズルズルとV6オタクの第一歩を歩み始めたのでした。

 

②初めてジャニーズのCDを買う

そして無事ジャニーズオタクへと羽化した私は、お小遣いを握りしめCDショップへ向かい、初めて自分のお金でonly dreamingのCDを買いました。

 

③生まれて初めてファンクラブに入る

とは言え高校はバイトは校則で禁止されていましたし、大学受験がそれなりに忙しかったので、高校3年間は某tubeや某コ某コ動画で動画を見たり、ゲオで昔のアルバムを借りて曲を聴くくらいしかできませんでした。

それでも大学生になったら絶対ファンクラブに入るぞ!コンサートに行くぞ!という思いとHoney Beatやタカラノイシ、スピリットなどの応援ソングに励まされながら勉強をしていました。

さて時は流れ、志望校にも無事合格し、初めてもらったお給料を握りしめ、郵便局に行き、振込用紙を書き、お金を振り込み、ファンクラブに無事入会しました。

会員証がカードじゃないことは、私の中の会員証に対する認識を180度変えました。

 

④初めてコンサートに行く

時は流れ、2012年の末にアルバムの発売とほぼ同時期にOh My Goodness!ツアーが発表されました。受験でSexy.Honey.Bunnyコンをパスしている私にとって初めてのコンサートです。

これまたお給料を握りしめ、振込用紙を書き、当時は連番できるようなお友達もいなかったので、チケットを1枚で申し込みました。

母には「1人でジャニーズのコンサートいくの?(笑)」と笑われましたが、初めてのジャニーズのコンサートなのに1人で行くことには全く抵抗はありませんでした。

初めて行ったコンサートはアリーナ花道の真横の席でした。花道の上を歩き、歌い、踊る6人がとてもキラキラしていて、「やばい!!テレビでいつもみてた人だ!!!」と興奮し、感動し、その美しさに衝撃を受けました。

こっちには剛くんがいて、ちょっと離れたあっちには岡田くんがいて、モニターには坂本くんが抜かれている……私はいったいどこをみたらいいんだろう…と目移りしまくり焦点が最後まで定まらない忙しいコンサートでしたが、全てが初めての体験でとても楽しい3時間でした。

同時に、当たり前ですが「彼らはすごく遠い世界の人間なんだなあ」とぼんやり感じて寂しくなったのを覚えています。

そして終わったときには、もう一度見たい、もう一度会いたいと思っていました。

 

⑤ジャニwebに登録する

その後、学年が上がった私は、2年半の間茶の間オタクになります。

そもそも自担の仕事が映画メインで、6人現場以外の個人のお仕事に遠征をしたいとは当時は思わなかったので、自担の映画が公開されれば映画に足を運び、CDやDVDが発売されれば購入し、過去の持っていないCDやDVDを購入する…という非常にライトな生活をしていました。

その間にジャニーズ事務所所属おしゃれおじさんブロガー三宅健の(^-^)にこにこ健°(^-^)の存在を知り、ジャニwebに登録し、毎週チェックしていました。

 

⑥ラジオを聴く

それまでラジオを聴く習慣がなかったのですが、茶の間期間に突入してから三宅健のラヂオ、Next Generationを毎週聴くようになりました。

 

⑦コンサートで泣く

2年半の茶の間期間を経て、20周年アニバーサリーコンサート、V6 LIVE TOUR 2015 1995-Foreverが発表されました。

翌月に進級判定を控えていた私は1公演のみ参戦しました。

届いたチケットではスタンドの11列でした。

f:id:luneenpassant:20161230134540j:image 

11列目でも、何列目でも、2年半ぶりにコンサートを観れるので楽しめればいいやと、とても楽しみにして会場に入りました。

ぶっちゃけ11列目の心算で会場に入りました。

入ってみるとスタンドの前10列を潰したステージ構成になっていました。

 

は???

 

は????

 

私の席どこ???

 

最前でした。足が震えた。

ハイタッチができるほど近い距離ではないものの、すぐ目の前を2年半ぶりのV6が歩く、踊る、歌う……しかも何回も…

 

泣いた。

私が今まで思っていたよりも岡田さんは体が厚くて剛くんの3倍くらいの体積があった。私が思っていたよりも健くんは顔がチュルチュルで多分エストロゲンめっちゃ出てた。私が今まで思っていたよりも博の二重まぶたは広くて彫刻みたいな顔をしてて、私が今まで思っていたよりも坂本くんと井ノ原さんは体がペラくて尋常じゃないくらい脚が長かった。

2年半ぶりのV6は、やっぱり私の住んでいる世界からは離れたところにいて、でも一生この人たちについて行こうと思いました。

あと最前にびっくりしすぎて開演前にトイレに行くのを忘れて、途中からトイレにめっちゃ行きたかった。

 

⑧オタクアカウントを作る

そしてもっと情報を収集したい!と思い、今のアカウントを作成しました。

ジャニオタは多種多様で、ジャニオタの数だけいろんなジャニオタがいて、正直なんだかなあと思うジャニオタもいるのですが、今のアカウントで出来たお友達はみんなリアルでもお付き合いしたいくらい素敵なオタクのお友達がたくさん出来ました。

 

⑨オタクに会う

さて、無事V620周年の2015年11月1日を迎え、ラジオチャリティーミュージックソンのパーソナリティにV6が決まりました。

偶然家族と上京する予定のあった私は、軽率にもふと思いつきます。

そうだ、公開収録の観覧にいこう…

そこで一緒にいこう!と誘ってくれたオタクのお友達と初めて待ち合わせし、はじめましてをし、クリスマスイブのお昼に日比谷でミュージックソンを聞きながら長蛇の列を並び、公開収録の観覧に行きました。

結果、公開収録が最高すぎて、寒空の下オタク3人で5周しました。

 

なおその3日後には、地元が同じオタク4人で地元でオフ会をし、待ち合わせ場所に中高の同級生がくるというハイパーミラクルもかましました。いい思い出。

 

⑩ジャニーズJr.に出会う

その後かつて茶の間だったオタクはどんどん強欲になり、個人現場にも遠征をしたいと思うようになります。

しかしながら年が明けてから学年が1つ上がった私は、平日に一切大学から離れられない生活が始まりました。

それでも強欲なオタクは、就活のために使って良いとされている平日休みを利用して、滝沢歌舞伎に旅立っていくのでした。

コンサート以外の初めての個人の舞台でしたが、逆に目移りしまくってどこを観たらいいのかわからないコンサートとは違い、健くんに双眼鏡でロックオンしていればよく、とても落ち着いてみることが出来ました。

また②でも書こうと思っているのですが、10ksでまたしても号泣芸を決め、現場号泣芸人としての第一歩を踏み出していた私は、Maybeのイントロで泣いた。

足を骨折してからというものの、おそらく自分の思い描くパフォーマンスを満足にできておらず、痛みもある中で鬼気迫る表情でダンスを魅せる三宅健がそこにはいました。

暗転になると足を引きずるように歩く三宅健と、スポットが当たると怪我を感じさせない三宅健を見て、えもいわれぬ思いが次々と胸に去来して、泣かずにはいられませんでした。

もうあのダンスを観たら一生ついていくしかないと思った。

 

健くんが出てない間はさあどこを観るかな〜〜〜と軽く考えていたのですが、舞台を見ると、バックでつくJr.から目が離せなくなりました。

V6の過去のコンサートにJr.がついたのはもう相当昔ですし、滝沢歌舞伎に入る前に行った10ksもKAT-TUNとして初めてJr.なしで行ったコンサートでしたから、滝沢歌舞伎が私とJr.の初めての邂逅でした。

舞台のコンセプト自体は結局最後までよくわからなかったのですが、たとえバックダンサーでも、自分にスポットが当たっていなくても、一番後ろの列の端でも、全力で歌って、踊って、演技する、Jr.の姿勢を見て、ただ純粋に尊敬の念を抱いたのでした。

 

しかし、この後どんどこがJr.担になることは、この時誰も知る由はなかったのでした…

 

(つづく)